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見やすくきれいにまとめてあります。

人生、宇宙、すべての答えは42ではなく62であると強く主張します。
参考:人生、宇宙、すべての答え

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ポストモダンに先行するモダン、つまり近代思想というのはいくつかの信念を明確な特徴としています。
人間という「主体」には、普遍的な理性があるという信頼(もちろん、“人間”の範囲は限定的でしたが)。
そしてその主体が透明なツールとしての言語を駆使することによって、「客体」である世界内の諸存在に隠されている本質的な意味を読み解くことができるという信念。
この意味で人間の理性は人間の進歩を保証するという確信。

…といった点でしょうか。こういう文脈のなかでコギトとは、主体としての人間の理性的側面を指し、まさにそれら信念の源泉たるものでした。

しかし、ご質問のようにこれらの枠組みに疑問を投げかける事態がいくつか複合的に現れました。
ひとつは、フロイトの登場です。彼が無意識という概念を提示したことは、近代思想にも大きなインパクトがありました。
その思想の根幹である人間の心のうちに、理性で明示的に把握できない暗黒面があることが示されたことで、主体、つまり「理性によって自らを統御する主人公」としての人間の地位が大きく揺らいだのです。

もうひとつは、ソシュールの登場でしょう。彼の登場以前、言語は透明な存在であって、理性によって自在に操れる道具のはずでした。
しかし、ソシュール言語学は、言語によらない概念が存在しないこと、つまり言語のあり方のほうが思考を根底的に規定しているものだ、ということを示したのです。
つまり、コギトの自立性への信頼は、その重要なツールである言葉の面からソシュール言語学によって崩されたことになるわけです。

同時に思想面ではニーチェが出て、ある正義を訴えることの根拠を問う姿勢を打ち出します。今まで当然と考えられていたヨーロッパの思考の枠組みそのものに疑念をはっきりと提示し、いわば絶対から相対への扉を開いたと言えるでしょう。
またヨーロッパ的、という枠組みの限定性が自覚されたのは、レヴィ=ストロースらの登場も大きかったでしょう。彼の構造的な分析によって、文化に優劣をつけるような特権的な視点が解体されてしまいました。

無論、このほかにもマルキシズム、ナチズムの社会的インパクト、科学的な知見の進展、多くの研究者や思想家などの複合的な影響があるのは当然ですが、先に挙げた人達のインパクトが主となってコギトの「透明性、自立性」を揺るがしたということは最低限言えると思います。

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